1.ベクトル:ベクトル空間と双対(ベクトル)空間
1.はじめに
理系で大学に入った人の多くが躓くであろう概念がテンソルであろう。私もそうだった。物理で座標変換を扱わねばならない場合に大事な概念だが、いかんせんイメージがとても捉えづらい。基礎的かつ大事な概念である割に、テンソルについて説明した本やサイトは少ない。大学でも1つの講義として1学期にわたって開講しても良いのではと思えるが、私が覚えている限りではそんなものはなかった。力学、特殊相対性理論などの授業でテンソルは(慣性モーメントテンソル$I$や応力テンソル$\sigma$、ローレンツ変換$\Lambda$として)出てきたが、説明する時間もないため「テンソルというものがあり、ま、行列みたいなものです。」程度の説明で進んでいった。当然、理解できるはずがなかった。
2.線型汎関数$\phi$と双対空間$V^\ast$の定義
ベクトル空間$V$があるとする。唐突ではあるが、テンソルについて考える前に線型汎関数という概念から入る。関数(言い換えれば写像)と名が付いているが、これが「ベクトルでもあること」と「$V$と対になるもう一つの$V^\ast$を構成すること」をこれから示す。
$\boldsymbol{x} \in V$とする。また$\phi:V \to \mathbb{R}$とする。つまり$\phi$はベクトル$\boldsymbol{x}$を実数に持って行く写像。$\phi$は無数にあるので、$\phi$全体の集合を$\Phi$とする。 このとき、「写像$\phi$の和とスカラー倍」を次のように定義する。 $\phi,\psi \in \Phi$, $a \in \mathbb{R}$に対し、
和 :$(\phi + \psi)(\boldsymbol{x}) = \phi(\boldsymbol{x}) + \psi(\boldsymbol{x})$
スカラー倍:$(a \phi)(\boldsymbol{x}) = a \phi(\boldsymbol{x})$
とする。すると写像$\phi,\psi$はベクトル空間の公理を満たす、つまりベクトルになる。これを下記に示す。写像の和、スカラー倍という概念がなんとも気持ち悪い。だが右辺の$\phi(\boldsymbol{x})$や$\psi(\boldsymbol{x})$は実数なので実数どうしの和やスカラー倍をしているに過ぎない。ここは深く悩まず、形式的にベクトル空間の公理を満たせばベクトルなのだとだけ思って進んでいけばそれでよい。
したがって、$\phi$は$V$の元であるベクトルを実数に移す写像(関数)であると同時に、自身もベクトルである。さらに言えばベクトル空間の元である(ベクトルが適当に集まってベクトルの集合になっただけでは、ベクトル空間であるとは限らない)ことが分かった。これを線型汎関数と呼ぶ。さらに線型汎関数が構成するベクトル空間を双対(ベクトル)空間$V^\ast$と呼ぶ。
3.ベクトル空間と双対(ベクトル)空間の関係
無数に存在する線型汎関数のうち、$\boldsymbol{x} = x^1 \boldsymbol{e}_1 + \cdots + x^n \boldsymbol{e}_n~\in V$から$i$番目の係数$x^i$に移すものを$\phi^i~\in V^\ast$と表すと、$\phi^i(\boldsymbol{x}) = x^i$となる。これまでの議論より、この$\phi^i$は$V$側の立場から見れば写像だが、$V^\ast$側の立場から見ればベクトルなのだった。これをベクトルとして捉えたとき、下記の通り一次独立である。
したがって、$\phi^i$は$V^\star$の基底になることができる。$V$と$V^\ast$は互いに対になる存在だと言った。$V$のイメージはつくだろう。$n$次元(または具体的に$3$次元)実数ベクトル空間をイメージする人が大半だろう。では$V^\ast$は?なんとなく「対になる」ベクトル空間という曖昧な書き方をしてきたが、つまりそれは何なのだろう?実は、$V$と$V^\ast$は全く同じもの(同型)だ。つまり$V$が実数ベクトル空間なら$V^\ast$も実数ベクトル空間だ。 $V$と$V^\ast$が同型のベクトル空間であることを示す。
これまで$\{ \phi^i \}$が$V^\ast$の元であり基底でもあるとしてきたが、$V$も$V^\ast$も同じものと分かったので、$\{ \phi^i \}$ではなくベクトルであることや対称性を意識して$\{ \boldsymbol{e}^i \}$と表記することにする。($V$の立場から見れば線型汎関数として働くということも頭の隅に置いておくとして。) $V$と$V^\ast$が同じものだということは、これまでの議論を逆に$V^\ast$側から進めても成り立つということだ。つまり、$V^\ast$がもともとのベクトル空間である。そして線型汎関数を考えるとそれらは$V$の元としてのベクトルでもあるということになる。だから、$(V^\ast)^\ast = V$が成り立つ。
基底$\{ \boldsymbol{e}_i \}$が決まれば対応する係数の組$(x^1,\cdots,x^n)$を決めることによりベクトル$\boldsymbol{x}$が定まり、係数の組の取り方は無数にあるのでベクトル空間$V$はどこまでも広がる$n$次元空間ということになる。そして基底$\{ \boldsymbol{e}_i \}$が決まっていることにより双対空間$V^\ast$の基底$\{ \boldsymbol{e}^i \}$も自ずと決まってくる。($\boldsymbol{x} \in V$の$i$番目の基底に移す写像が$\phi^i$すなわち$\boldsymbol{e}^i$という縛りにより定義したからだ。)これを基底として、係数の組の取り方が無数にあることから$V^\ast$も無限に広がっていくわけである。
$V$でも$V^\ast$でもそれぞれ基底の取り方はいろいろあるが、$V$の基底を1組決めるとそれに従って決まる$V^\ast$の基底が1組ある、ということを言っていることに注意。$V$における、あるいは$V^\ast$における別々の基底どうしの関係性については、後述の座標変換の話になる。
これまで$\boldsymbol{x}$は$V$の元としてきたが、$V$と$V^\ast$が同じなわけだから$V^\ast$にも同じ$\boldsymbol{x}$があるはずである。数ベクトル空間なら係数の数値が全て一致する同じベクトルが当然あるわけである。$\boldsymbol{x} = x^1 \boldsymbol{e}_1 + \cdots + x^n \boldsymbol{e}_n~\in V$と同じベクトルを$V^\ast$の基底$\{ \boldsymbol{e}^i \}$で表したときの係数を$x^i$と表し、$\boldsymbol{x} = x_1 \boldsymbol{e}^1 + \cdots + x_n \boldsymbol{e}^n~\in V^\ast$となる。
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まとめ
ベクトル$\boldsymbol{x}$を実数に移す写像$\phi$に和とスカラー倍を定義したとき、写像$\phi$はベクトルでもある。
逆に$\phi$をベクトルとして見ると、$\boldsymbol{x}$は写像でもある。 これらは互いに線型汎関数と呼ばれ、同型なベクトル空間$V$と双対ベクトル空間$V^\ast$を構成する。
このような写像のうち
$\phi^i (\boldsymbol{x}) = \phi^i (x^j \boldsymbol{e_j}) = x^i$
となるものを考える。
すると$\{ \phi^i \}$は$V^\ast$の基底の1つ。
これを$\phi^i = \boldsymbol{e^i}$と表現し、
また$\phi^i (\boldsymbol{x}) = \boldsymbol{e^i} \cdot \boldsymbol{x}$と表現する。
すると$\boldsymbol{e^i} \cdot \boldsymbol{x} = \boldsymbol{e^i} \cdot (x^j \boldsymbol{e_j}) = x^i$
これは$\boldsymbol{x}$がどんなベクトルでも成り立つので、当然$\boldsymbol{x}$が$\boldsymbol{e_j}$であってもよい。
$\boldsymbol{e^i} \cdot \boldsymbol{e_j} = \boldsymbol{e^i} \cdot (0 \boldsymbol{e_1} + \cdots + 0 \boldsymbol{e_{j-1}} + 1 \boldsymbol{e_j} + 0 \boldsymbol{e_{j+1}} + \cdots + 0 \boldsymbol{e_n}) = \delta^i_j$
$V$と$V^\ast$は同型なので、
$\boldsymbol{x} = x^1 \boldsymbol{e_1} + \cdots + x^n \boldsymbol{e_n} = \alpha_1 \boldsymbol{e^1} + \cdots + \alpha_n \boldsymbol{e^n}$を満たす係数の組$\{ \alpha_1,\cdots,\alpha_n \}$がちょうど1つあるはず。
これを$\{ x_1,\cdots,x_n \}$と表すことにする。
さらに$(x^i \boldsymbol{e_i}) \cdot (y_j \boldsymbol{e^j}) = x^i y_i$